主日第二礼拝
2026年10月4日
「あなたがたの一切が愛において始まるように」
小勝琢生牧師
私たちが正気でないとすれば、それは神のためであり、正気であるとすれば、それはあなたがたのためです。というのは、キリストの愛が私たちを捕らえているからです。私たちはこう考えました。一人の人がすべての人のために死んだ以上、すべての人が死んだのである、と。キリストはすべての人のために死なれました。それは、生きている人々が、もはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえった方のために生きるためです。ですから、私たちは今後、肉にしたがって人を知ろうとはしません。かつては肉にしたがってキリストを知っていたとしても、今はもうそのような知り方はしません。ですから、だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。これらのことはすべて、神から出ています。神は、キリストによって私たちをご自分と和解させ、また、和解の務めを私たちに与えてくださいました。すなわち、神はキリストにあって、この世をご自分と和解させ、背きの責任を人々に負わせず、和解のことばを私たちに委ねられました。
こういうわけで、神が私たちを通して勧めておられるのですから、私たちはキリストに代わる使節なのです。私たちはキリストに代わって願います。神と和解させていただきなさい。
コリント人への手紙第二5章13~20節(新改訳2017)
主日第二礼拝
2026年10月18日
「施す人には主の恵みが報われる」
金英泰牧師
施しをするときは、右の手のすることを左の手に知らせてはならない。あなたの施しを人目につかせないためである。そうすれば、隠れたことを見ておられる父が、あなたに報いてくださる。」
マタイによる福音書6章3~4節(新共同訳)
主日第二礼拝
2026年10月4日
「あなたがたの一切が愛において始まるように」
小勝琢生牧師
目を覚ましていなさい。堅く信仰に立ちなさい。雄々しく、強くありなさい。一切のことを、愛をもって行いなさい。
コリント人への手紙第一16章13~14節(新改訳2017)
