蓮根バプテスト教会

巻頭言

2026年1月18日

誇る者はキリストの十字架を誇れ

 21世紀も四半世紀が過ぎましたが、最近、わたしは、キリスト教会がいつの間にか世俗化の波に飲み込まれてしまっているのではないか?という危機感を覚えるようになりました。現代のキリスト教会の中にこの世的な価値観が入り込んできてしまっているように感じます。諸教会が牧師を招聘する際にも学歴や職歴が重んじられたり、教会の中でも社会的地位や身分などこの世の価値観が重んじられるなどの世俗化の傾向があるように思えるのです。わたしがクリスチャンになった50年ほど前には高校や中学の学歴しかないような伝道者や牧会者(神学校は卒業されていました)が多数おられました。今は牧師も高学歴が求められたり、社会的に高い職歴が評価されたりする風潮が見受けられます。それはクリスチャン一人一人の価値観がこの世的なものに傾き、霊的なものを第一として求めて来なくなってきていることを表しているのではないでしょうか?もし、そうであれば、キリスト教会は神の御力を失ってしまうことでしょう。
 現代のキリスト教会は、今一度、主に立ち帰るべきだと思います。わたしたち蓮根教会もキリストの十字架の贖いの力に与かって、さらに新しくされることを求めていきましょう。

主任牧師 髙木康俊

巻頭言

2026年1月11日

万事が益とされると確信しよう

 人生には様々な出来事が起こります。良いこともあれば悪いこともあります。つらく悲しいことを体験すると心に傷が深く残ります。その傷が癒され、心の痛みが消えるのには時間がかかります。生きる時間が長くなればなるほどその心の傷は増え、癒されずに、痛みは心の奥底にしまい込まれて、いつのまにか忘れてしまいます。でも、ちょっとしたことをきっかけに忘れたはずの心の傷がよみがえって突然の痛みに心が動揺するのです。そのような経験をなさったことはないでしょうか?多くの方が同じような体験をなさっていると思います。
 しかし、わたしたちイエス様を愛するクリスチャンは、このような心の痛みに対処することができます。主イエス・キリストによって万事は益とされると信じて、主にすべてをゆだねることができるからです。主は良いことも悪いこともすべてを良きものとして用いてくださり、万事を益としてくださるのです。それがイエス様の十字架の贖いの御業なのです。イエス様の十字架には人を愛し癒す力があります。主イエス様を愛する者は、万事が益とされる喜びと平安の人生を生きることができるのです。あなたも、主イエス・キリストを信じて、万事が益となるすばらしい人生を歩んでください。お祈りしています。

主任牧師 髙木康俊

巻頭言

2026年1月4日

日本に義の太陽が昇るとき

 日本ではお正月にたくさんの人々が初詣(はつもうで)に出かけます。初詣とは、新年に初めて神社やお寺に参拝して新年の健康(無病息災)や家内安全、商売繁盛を祈願する日本の伝統的な行事です。しかし、家族や身近な人がなくなって忌中(きちゅう)の人は神社に初詣に行くのは控えねばなりません。神社の神様は穢(けが)れを嫌うからです。いずれにしても、日本の初詣という文化習慣の中には、病や死や貧困を穢れと捉える信仰が残存しています。神道で言う「穢れ」とは生命力が枯渇することを指します。つまり、死や病や貧困に対して神道や仏教は恐れを抱いているということです。しかし、クリスチャンは死や病や貧困を穢れとは考えません。死や病や貧困に対して勝利している主イエス・キリストの十字架と復活の力を知っているからです。この主の力をいただいて、わたしたちクリスチャンは、いついかなる場合もすべてのことに対処することができます。わたしたちを強めてくださるキリストのおかげで、わたしたちにはすべてが可能なのです。
 2026年の新しい年を迎えて、真実の義の太陽であるキリスト・イエスを教会で礼拝し、真の初詣をいたしましょう。日本に義の太陽なる主イエス・キリストが昇るとき、この国のすべての民が救われるようにと祈ります。
 主の年2026年明けましておめでとうございます!ハレルヤ、アーメン。

主任牧師 髙木康俊