蓮根バプテスト教会

巻頭言

2026年8月30日

イエスの十字架の愛

 わたしたちクリスチャンは、いつも聖書のみ言葉にあるとおりに、どんな人とでも愛し合い、赦し合いたいと願っています。でも、どうしても愛せないことや赦せないと思ってしまうことがあります。そんな時、自分を責め、クリスチャンとして失格だと自分自身を裁いてしまいがちです。しかし、それは、わたしたちが善い業をしようと頑張りすぎる余り疲れ果て、イエス様の十字架の贖いの愛を見失い、いつの間にか律法主義的な信仰に傾いてしまっている状態を表しています。わたしたちが愛し合えず、赦し合えない時でも、イエス様は十字架の贖いの力でわたしたちを赦してくださり、神の愛を注いでくださいます。頑張ることで愛し合うのではなく、愛し合えなくとも主イエスの十字架の贖いによって赦されていることを信じるなら、主はあなたに主の十字架から聖霊を注いでくださり、赦せない人を赦し受け入れる心を与えてくださるのです。だから、がんばらなくてもいいのです。ただ、ただ、イエスの十字架の贖いの愛を信じるだけで良いのです。主よ、感謝します!


主任牧師 髙木康俊

巻頭言

2026年8月23日

信仰の盾を取りなさい

 現代社会の生活においては、スマホやSNSが発達し、自ずと大量の情報を受け取るようになりますので、わたしたちは、情報過多となって疲れ果ててしまいがちです。それらの情報の中にはわたしたちの心を傷つけるものや不安に陥らせる内容のものも数多く含まれています。 聖書が言う「悪魔の策略」(エフェソ6章11節)とは、まさにそのような有害な情報を通してわたしたちの心を不安に陥れようとすることを指しているのかもしれません。
 エフェソの6章16節に「盾」とありますが、この「盾」は、家の玄関の扉ほどの大きな盾であり、人の全身をすっぽりと覆い隠すほどの大きなものです。使徒パウロは、「信仰」を「大きな盾」として取り悪魔の策略から身を守るようにと勧めています。主イエス・キリストの十字架の絶大なる愛と力を信頼して、否定的な不安を与えるあらゆる情報を主を信頼して主の御名で祈ることによって消し去るようにと命じているのです。
 主イエスはあなたのために十字架にかかられました。この主イエスの十字架はわたしを救うためであったと信じるなら、だれでもその信仰によって救われるのです。悪魔の恐ろしい火の矢からあなたは守られます。あなたも、主イエスを信じて洗礼を受けクリスチャンとなり、幸せで平安に満ちた人生を生きてみませんか?あなたが洗礼を受ける決心をされる日を、楽しみにお待ちしています。


主任牧師 髙木康俊

巻頭言

2026年8月16日

慈悲と十字架の愛

 8月6日は広島原爆記念日、8月9日は長崎原爆記念日、そして8月15日は終戦記念日でした。戦後81年が経過して戦争の記憶が風化しつつあり、世界の各地で続いている戦争によって国際環境は厳しさを増し、防衛力増強の必要性が叫ばれる時代になってきています。戦争をくり返さず平和を構築するために、どう生きていけば良いのか?今、わたしたち一人一人が、問われている時代に生きているのだと思います。世界に神の平和が訪れますようにと祈りましょう。
 キリストの十字架の愛と阿弥陀如来の慈悲は、宗教家の間ではよく比較され、研究の対象となります。仏教の浄土真宗の慈悲は阿弥陀如来に祈り、南無阿弥陀仏と唱えさえすれば、だれでも救われ極楽浄土に入ることができると教えます。キリスト教の愛は、キリストが、すべての人を愛し、すべての人のために十字架にかかって神の裁きを身代わりとなって受け罪を贖ってくださったので、キリストを信じるだけで誰でも救われ神の国に入る。でも、信じない者は神の厳しい裁きを受けると教えます。
 皆さんはどちらを信じますか?どちらが最終的に平和をもたらすと思いますか?


主任牧師 髙木康俊